pieces
設計アシスタントとして勤務しておりました。
土木コンサルとして規模も大きく、毎年関西を中心に事業所を拡大していました。
現在は全国規模になっているようで、堅実に、着実に事業展開をしているのだと思います。
設計アシスタントとして勤務しておりました。
土木コンサルとして規模も大きく、毎年関西を中心に事業所を拡大していました。
現在は全国規模になっているようで、堅実に、着実に事業展開をしているのだと思います。
建築学科を卒業した私は、キャリアアップの機会が限られていました。
しかし、幅広く水利土木から農業土木まで経験を積んだことで、土木設計においてさまざまなスキルを身につけることができたと思います。
ある基準があり、評価する人の好みによるところもあったようです。
無理をして働いてくれたり、徹夜配達してでも納期を守る社員は重宝される傾向があるようでした。
男性社員のチーフクラスの方々は残業時間がかなり長かった。
社屋の上層階が独身寮になっていた時期もあり、夜中まで仕事をして仮眠を取り、それからまた下の階に降りてきて仕事をする日が多かった。
社屋は人間関係も和気あいあいとしており、忘年会では全支社や事業所から集まったメンバーが滋賀県で楽しい時間を過ごした。
研修施設でのレクリエーションもあり、楽しい思い出ができた。
勤務していたのは随分と以前になりますが、給与や賞与は高くありませんでした。
しかし、残業も少なくプライベートな時間をしっかり取れていました。
人事評価は一定の基準に従って行われていると思います。
社員の頑張りは評価されていますが、その評価が処遇にどう反映されているかはよくわかりません。
当時は女性のキャリアアップになる会社ではなかった。
事務職に関しても、本社以外には役職付きの女性はいなかったように思う。
理由をお選びください。内容を確認のうえ対応します。